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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)124号 判決 2000年11月22日

原告

安藤伸枝

内山智子

稲垣栄三

被告

(練馬区助役) 三石辰雄

(同区企画部財政課長) 植田敏裕

(同区産業課長) 山廼辺昭

(同区国際交流員) 徐迎新

右訴訟代理人弁護士

土屋公献

髙谷進

小林哲也

小林理英子

加戸茂樹

五三智仁

髙橋謙治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  争点1について

原告らは、被告植田らが平成八年四月二六日に行った開封市への旅行は、旅行命令に従わない旅行であり、同被告らが受領した旅費のうち、少なくとも五〇〇〇円は右旅行に相当する旅費であるから、この分は、法律上の原因なく不当に利得したものであると主張する。

確かに、被告植田らに対しては、交流団旅費として、平成八年四月一七日に支出決定及び支出命令がされ、同月二二日、生活文化部文化国際課給与取扱者の高柳係長に対し、右支出命令に基づいて、被告三石辰雄分の金四三万一九七〇円、同植田敏裕分の金四三万一七八五円及び同徐迎新分の金四二万四七八五円が資金前渡・概算払いの方法で支払われ、同係長は、旅行社である近畿日本ツーリストに対して、被告植田らの旅行代金として金一一一万円を支払い、残りを右各被告らに交付したことは、前記認定のとおりである。

しかし、被告植田らに右の方法で支払われた右交流団旅費は、交流団日程表の旅行を行うものとの前提で算出されたものであって、右の算定を行った時点においては、開封市への視察は予定されていなかったものであるから、開封市への視察に要する旅費が、被告植田らが受領した交流団旅費の中に含まれていたものと認めることは困難であり、他に、被告植田らが、開封市視察に要した旅費を練馬区から受領したとの事実は認められない。また、練馬区が右視察が行われたために余分な出捐をさせられたとの証拠もない。

したがって、その余の点について検討するまでもなく、この点に関する原告らの本訴請求は理由がないというべきである。

二  争点2について

1  被告山廼辺らが、平成八年六月五日及び六日の両日、北京市郊外の万里の長城、明の十三陵、北京市内の頤和園、故宮を訪れたことは前記のとおりであるところ、原告らは、右各所の訪問は、旅行命令に従わないものであると主張するので、まず、この点について検討する。

2  職員旅費条例によれば、練馬区においては、職員が出張又は赴任する場合の旅行は、旅行命令権者の発する旅行命令によって行わなければならないこと(四条一項一号)、旅行者が旅行命令に従わないで旅行したときは、その旅行者が支給を受けることができる旅費は、旅行命令に従った限度の旅行に対するものに限られることとされていること(五条三項)、旅行命令権者が旅行命令を発するには、旅行命令簿によってしなければならないこと(四条四項本文)、旅行命令簿の記載事項及び様式については任命権者が定めるとされていること(同条五項)は、いずれも前記のとおりである。

また、本件については、被告山廼辺らに対する旅行命令簿(第三号様式甲)には、旅行先として「中華人民共和国北京市海淀区」、旅行用務として「産業視察」と記載され、旅行日程表(第三号様式乙)には、旅行先及び旅行用務として「中国 北京」「海淀区表敬訪問・産業視察」としか記載されていないことも、前記のとおりである。

3  ところで、旅費支給規程によれば、練馬区においては、外国旅行の場合の旅行命令簿の様式は、「第三号様式(甲・乙)(同規程五条(2))によるものとされているところ、右の第三号様式(甲・乙)は、別紙のとおりである(ただし、本判決末尾に添付した別紙は、いずれもA四判の同様式をB五判の大きさに縮小したものである。)。

これによれば、第三号様式(甲)は、A四判一枚の用紙であって、その表面には、「旅行命令・依頼簿」の表題の下に、旅行者(職層名、氏名、級、所属又は役職名)、旅行期間、旅行先、旅行用務、発令年月日及び命令権者(職氏名)の各記載欄が存在する。そして、その裏面には「作成上の注意」として、各記載欄への記入事項を説明する記載があり、右記載によると、「旅行期間」欄には旅行の始期と終期及び所要日数を、「旅行先」欄には旅行用務を遂行する旅行先都市名(国名)を旅行経路順にそれぞれ記入することとされており、また、「旅行用務」欄には当該旅行を命ずる主目的(会議出席、調査研究、視察、訪問などの内容)を簡潔に記載するものとされ、さらに、右「作成上の注意」の末尾には、「旅行日程については、第三号様式(乙)による旅行日程表を作成し、この旅行命令(依頼)簿に添付する。」とされている。

第三号様式(乙)は、裏面は白紙のA四判一枚の用紙であり、「旅行日程表」の表題の下に「旅行年月日」「日数」「旅行先」「旅行用務」「備考」の各欄が表の形式で一二段設けられ、右表の下には、「「備考」欄は「族費算定上留意すべき事項(例えば宿泊費の増減額など)等参考となる事項を記入する。」などの記入上の留意事項が記載されている。

なお、第三号様式(甲・乙)のいずれについても、命令権者の押印欄は存在しない。

4(一)  また、視察団旅費の支出は、視察団原議に、視察団日程表、練馬区産業視察団参加者名簿、被告山廼辺らの各外国旅費請求内訳書兼領収書、近畿日本ツーリスト作成の見積書並びに被告山廼辺らについての各旅行命令簿及び各旅行日程表が添付された状態で、視察団原議に対して決裁する形式で決定されており、視察団の日程については、旅行命令簿、旅行日程表、外国旅費請求内訳書兼領収書及び視察団日程表にそれぞれ記載があるが、視察団原議に別紙として引用されている視察団日程表に記載されたものが最も詳細である。(〔証拠略〕)

(二)  そして、旅費支給規程によれば、外国旅行の場合の旅費請求手続の様式は、「第六号様式(外国旅費講求内訳書兼領収書)」(一一条(3))によるとされているが、右第六号様式(外国旅費請求内訳書兼領収書)には、概算額、精算額等の旅費の受給に関する事項を記載する欄、旅行者の氏名、職、級を記載する欄、支度料及び旅行雑費の内訳を記載する欄、旅行月日、旅行用務等を記載する欄、交通費、日当及び宿泊料を記載する「旅行内訳」欄並びに備考欄が設けられている。

また、右様式には、受領印及び精算印の各押印欄並びに「旅行命令簿照合済」との確認印の押印欄が設けられており、旅費の請求から支給を経て精算に至るまでの各段階を通じて、基礎となる書面としての様式を備えている。(〔証拠略〕)

5  以上のとおり、外国旅行の場合に用いられる旅行命令簿は、旅行期間及び旅行用務については旅行全体について一括して記載されることが予定されており、また、旅行日程表である第三号様式(乙)を添付することも予定されていることからすれば、右旅行命令簿中の「旅行用務」を遂行する場所としての旅行先の欄についても、右の一括記載を前提とした程度の記載が予定されていると解するのが相当であって、必ずしも、旅行先のすべてをここに網羅的に記載しなければならないものとされているわけではないというべきである。

本件においては、被告山廼辺らに対する旅行命令は、同被告らが視察団の団長又は随員として参加することを予定して発せられたものであるから、同被告らの派遣先での行動は、視察団の行動と一致することが予定されていたというべきであること、旅行命令権者である区長及び生活文化部長野田宜博は、旅行命令の発令と同時に決裁した視察団原議の決裁において、その中に添付された視察団日程表に従った旅行を行う前提で旅費の支出決定を行っていることからすれば、右各旅行命令の内容は視察団日程表に従った内容の旅行を命じたものと解するのが相当である。

6  したがって、被告山廼辺らに係る平成八年六月五日及び六日の両日における北京市郊外の万里の長城、明の十三陵、北京市内の頤和園、故宮への訪問は、視察団日程表に従った内容の旅行であって、これをもって、旅行命令に従わない旅行ということはできないから、これらの場所への旅行が旅行命令に従わない旅行であるとの前提に立って、同被告らに不当利得が生じているとの原告らの主張は、理由がない。

なお、原告らは、本件各旅費について、練馬区が支出負担行為の事務を行わずに支出手続をしている旨主張するが、本件において、練馬区の支出負担行為は本件各旅費の支出決定であると認められ、右支出決定を経て行われた支出の手続に原告らが主張する瑕疵はない。

三  以上のとおりであるから、原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 杜下弘記)

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